夜、車で家に帰る道でのことです。後部座席の息子が窓の外を見ながら言いました。「月が、ずっとついてくるよ」
言われて思い出しました。私も子どものころ、まったく同じことを思っていました。曲がっても、スピードを出しても、月はいつも同じところにいる。あのころは「月は自分についてきている」と半分本気で信じていた気がします。せっかくなので、今回はこの「なぞ」を親子で解いてみることにしました。
逃げていくものと、ついてくるもの
まず、車の窓から見えるものを観察してみます。
電柱や街路樹 ── 一瞬で視界の後ろへ流れていく
遠くのビルや山 ── ゆっくり、ゆっくり後ろへ流れていく
月 ── まったく流れない。ずっと同じ方向にいる
並べてみると、規則が見えてきます。近くのものほど速く逃げて、遠くのものほどゆっくり逃げる。だとすると、まったく逃げない月は……? そう、答えの正体は「月がとほうもなく遠いから」です。
どれくらい遠いと「逃げなく」なるのか
ものが視界を流れていくのは、自分が動くと「そのものが見える方向」が変わるからです。道ばたの電柱(たとえば30m先)は、時速60kmの車ならたった1秒で見える方向が30度ちかく変わります。だから一瞬で後ろへ飛んでいく。
では月はどうか。月までの距離は約38万km。地球を30個ならべた先にある遠さです。この距離だと、車で10km走っても、月の見える方向は約0.0015度しか変わりません。満月の見かけの大きさ(約0.5度)の300分の1以下。人間の目には、変わっていないのと同じです。
まわりの景色だけがどんどん後ろへ流れて、月だけが同じ方向に居続ける。脳はこれを「月がついてきている」と解釈するわけです。月は何もしていません。ただ、遠すぎるだけ。
手もとでできる「視差」の実験
この仕組みには視差(しさ)という名前がついています。じつは、車に乗らなくても手もとで体験できます。息子とやってみた実験がこれです。
① 腕をまっすぐ伸ばして、親指を立てる
② 右目だけで親指を見て、部屋の遠くの何か(時計など)に重ねる
③ そのまま左目だけに切り替える ── 親指がぴょんと横へ跳ぶ!
目の位置が数cm変わっただけで、近くの親指は「見える方向」が大きく変わる。でも遠くの時計はほとんど動かない。これが視差です。
車の窓の現象は、この実験の「目の間隔」が「車の移動距離」に置き換わった版です。数cmが数kmになっても、38万km先の月にとっては誤差の範囲、ということです。
ちなみに、夜空のほかの星たちは、もっと「ついてくる」
ここまでわかると、もうひとつ気づくことがあります。夜空にまたたくほかの星たち──太陽のように自分で光る「恒星」──は、月よりけたちがいに遠くにいます。いちばん近い恒星でも約4光年、キロメートルにすると約40兆km。この遠さになると、地球上をどれだけ移動しても見える方向はまったく変わりません。
それどころか、地球が太陽のまわりを半年かけて3億km移動しても、星の方向はごくごくわずかしか変わりません。じつは天文学者はこのわずかな視差を精密に測って、星までの距離を求めています。車の窓の「月がついてくる」と同じ原理が、そのまま宇宙の距離の測り方になっているのです。星座の形が何年たっても変わらないのも、同じ「遠さ」のなせるわざです。
まとめ
• 月が「ついてくる」ように見えるのは、月がとほうもなく遠いから(約38万km=地球30個分)
• 近くのものほど速く流れ、遠くのものほどゆっくり流れる。月は遠すぎて流れない=ついてくるように見える
• 10km走っても月の方向は満月の大きさの300分の1も変わらない
• 片目と親指の視差の実験で、同じ仕組みを手もとで体験できる
• 同じ原理(視差)を精密にすると、星までの距離の測り方になる
「月がついてくるのは、月がすっごく遠いから」──帰り道の答え合わせをした息子は、今度は「じゃあ、どこまで行ってもついてくるの?」と聞いてきました。そのとおり。日本中どこへ行っても、月はついてきます。新幹線の速さでも50日かかる遠さから、私たちの帰り道を見ているのです。
