5月8日、朝日新聞でこんな記事を見ました。「小惑星アポフィスに備え日欧で『地球防衛』 H3で探査機打ち上げへ」。
地球にただ住んでいると、こうしたリスクをなかなか意識する機会はありません。台風や地震といった足元の脅威ばかりが日常の話題になるからです。でも、地球の外に目を向けると、太陽系の中を高速で飛び回る無数の天体があり、その一部は私たちの惑星のすぐそばまで近づいてきます。今回のニュースは、そのリスクに対して日本と欧州が連携して目を凝らし始めたという話です。
アポフィスとは何か
直径: 約340〜375m(赤外線観測では約375m、レーダー観測では340±40m。タイトルの「340m」はレーダー値)
最接近: 2029-04-13 / 地表から約3万2千km(静止軌道より内側)
衝突リスク: 少なくとも今後100年間なし(2021年レーダー観測で確定)
アポフィスは2004年に発見された地球近傍小惑星で、名前はエジプト神話の「混沌の蛇神」アペプ/アポフィスから取られています。直径は観測手法によって約340〜375mと推定されています(赤外線観測では約375m、レーダー観測では340±40m)。東京タワー(333m)が横たわるくらいのサイズです。これが2029年4月13日、地表からわずか約3万2千kmの至近距離を通過します。静止衛星の高度(約3万6千km)よりも内側です。
発見当初は2029年に地球と衝突する可能性が一時的に約2.7%と算出され、世界を騒がせました。その後、2036年・2068年と衝突懸念のシナリオが議論されましたが、2021年のゴールドストーン・レーダー観測による軌道精密化で、少なくとも今後100年以上、地球に衝突する危険はないと判定されています。
ただし「衝突しないと分かった」と「無関心でいい」は別の話です。2029年4月13日の夜、ヨーロッパや西アフリカでは肉眼で見える明るさのアポフィスが、夜空を横切る星のように観察できる予定です。

日欧で目を凝らす ― 地球防衛ミッション
主導: ESA(探査機の設計・運用)
JAXA の貢献: H3 ロケットでの打ち上げ、軽量太陽電池アレイ、赤外線カメラ
打ち上げ: 2028 年 4–5 月、種子島から H3 ロケットで
観測対象: 地球の重力でアポフィスの形・回転・表面がどう変わるか
2026 年 5 月、ESA と JAXA は planetary defense の協力協定に署名し、共同で単一の探査機ミッション「ラムセス(Ramses)」を運用することで合意しました。ESA が探査機本体の設計と運用を主導し、JAXA は H3 ロケットによる打ち上げ・軽量太陽電池アレイ・赤外線カメラを提供します。2028 年に種子島から H3 で打ち上げ、2029 年の最接近の前後を通じてアポフィスを観測する予定です。
興味深いのは観測の目的です。単に「アポフィスを調べる」のではなく、地球の重力という巨大な力に晒された小惑星が、形・回転・表面でどう変化するかを捉えることが狙い。3万2千kmという至近距離は、太陽系全体から見れば奇跡的な実験条件です。地球の重力場の中で岩石小天体がどう振る舞うかを、二度と来ない条件下で記録する。
これは「次の脅威が来たとき」のための準備です。2029年のアポフィスは衝突しないと分かっていますが、別の小惑星が将来本当に地球を脅かしたときに、どう判断し、どう対処するか ― そのための実物大シミュレーションがアポフィス2029なのです。
「もし衝突したら」ではなく「衝突しないと分かったうえで観測する」。
人類が初めて、想定外の脅威ではなく計画された接近を相手に planetary defense の演習をするということ。NASAが2022年に DART で実証したキネティックインパクター(衝突体で軌道を逸らす技術)と並んで、2029年のアポフィス観測は地球防衛の次の重要なマイルストーンになります。
ゲーム開発者として ― 「重力で軌道を変える」という発想
Gravity Weaverを作っていて、毎日のように向き合っているのが重力で軌道を変えるというテーマです。プレイヤーは画面に重力場を描いて太陽のかけらをゴール惑星まで誘導します。直接押すのではなく、重力という「間接的な力」で軌道をゆるやかにねじ曲げる。
planetary defense の研究者が議論している手法のひとつに、重力トラクター(gravity tractor)というものがあります。探査機を小惑星のすぐ脇に長期間滞在させ、探査機自身のわずかな重力で小惑星を少しずつ引っ張って軌道をずらす。直接ぶつけるのではなく、何年もかけて軌道を曲げていく方法です。

ゲーム内の引力線(時限引力場)は、まさにこれを誇張したような仕組みです。一定時間だけオブジェクトの近くに重力場を置いて、進路をずらす。スケールも実装も全く違いますが、「重力で軌道を変える」という発想の根は同じです。アポフィス観測のニュースを読んだとき、思わずゲームの画面を思い出しました。
宇宙の側から見れば、地球も小さな点
ふだん「地球にただ住んでいる」とき、私たちは地表に立って空を見上げています。けれど宇宙の側から見れば、地球は太陽系の中を秒速30kmで公転する小さな点で、その公転軌道の近くには無数の小惑星がうろついています。アポフィスはたまたま観測体制が間に合った一個の岩にすぎず、まだ見つかっていない仲間が太陽系内には大量に存在します。
「地球防衛」という言葉は、SF的な響きがします。でも、それを真面目に研究し、探査機を送り、観測網を整える人たちが現実にいる。
2029年のアポフィス接近は、人類がそうした視点をようやく日常に持ち込み始めた、最初の象徴的な出来事になるかもしれません。
Gravity Weaverで描いているのは、フィクションの宇宙です。でも、その背景にある「重力で物体の運動を制御する」という発想は、ESAやJAXAの planetary defense の現場で真剣に議論されているテーマです。ゲームをきっかけに「あ、この発想って実は最先端の科学とつながっているんだ」と感じてもらえたら、開発者として嬉しいです。
