7月のニュースを見ていた息子が、こんなことを言い出しました。
息子:はやぶさ2って、小惑星に"ぶつからずに、すれ違った"んでしょ? なんでわざわざ近づいたのに、ぶつけないの?
パパ:いい質問だね。じつは今回、ぶつけずにすれ違うこと自体が目的だったんだよ。
息子:え、近づくのがゴールじゃないの?
2026年7月6日、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「トリフネ」のフライバイ(接近通過)に成功したと発表しました。地球から約1億kmかなたの宇宙で、はやぶさ2は小惑星の中心から約800m(計画値)という至近距離を、秒速約5kmという猛スピードでかすめていったのです(実際の通過距離は解析中と発表されています)。
しかも、その最接近の時刻は2026年7月5日18時30分ごろ(日本時間、誤差±1秒)。1億km離れた相手に、秒単位で狙いを合わせてすれ違う ── 言葉にすると簡単ですが、これはとんでもない精度です。
トリフネって、どんな小惑星?
旧仮符号: 2001 CC21 / アポロ型の地球接近天体(NEO)
直径: 約500m / S型(当初は L 型と推定されていた)
名前の由来: 日本神話に登場する「神が乗る船」(公募で命名)
トリフネは、直径500mほどと見積もられている地球接近小惑星です。もともと「2001 CC21」という仮の符号で呼ばれていましたが、正式に(98943)という番号がつき、「トリフネ」という名前で親しまれるようになりました。JAXA によれば、この名は日本神話に出てくる「神が乗る船」にちなんだもので、はやぶさ2が高速のすれ違い観測を無事にやり遂げられるように、という願いを込めて公募で選ばれたそうです。
面白いのは、地上からの観測では当初 L 型と推定されていた種類が、その後の研究で岩石質の S 型に見直されたこと。遠くにある小さな天体は、実際にそばまで行って見るまで、正体がなかなかつかめないのです。
±1秒でかすめる ── 超近接フライバイの凄さ
今回いちばん驚かされたのは、そのねらいの正確さです。地球から約1億kmも離れた場所で、相手の小惑星に対して秒速約5km ── つまり1秒間に5kmも動く速さですれ違いながら、中心からわずか1kmの距離を通り抜ける。ほんの少し軌道がずれれば、観測できるほど近づけなかったり、逆に近づきすぎたりします。
その最接近の時刻を、JAXA は1ヶ月前の時点で誤差±1秒の精度で予測・決定していました。探査機の位置と速度をぎりぎりまで計測し、高精度の軌道誘導で機体をコントロールしてきた結果です。JAXA は今回の挑戦を、ランデブー(相手のそばに長くとどまる)用に作られた探査機で、あえて高速のフライバイ観測に挑むもの、と説明しています。
1億km先の小さな岩に、秒単位で狙いを定めてすれ違う。
この「ねらったところを、ねらった瞬間に通る」技術こそが、今回のフライバイでいちばん試されたものでした。
画像がとらえた"雪だるま" ── 予想と違った素顔
すれ違いざまに、はやぶさ2は望遠の光学航法カメラ(ONC-T)や中間赤外カメラ(TIR)などでトリフネを撮影しました。7月6日に JAXA が公開した画像には、思わぬ素顔が写っていました。
事前の観測では、トリフネは細長い一つの塊だと考えられていました。ところが実際に近くで見ると、2つの天体がくっついた「雪だるま」のような形をしていたのです。小さな天体どうしがそっと合体してできた、いわゆる接触連星のような姿。予想を裏切るこの発見は、「そばまで行かないと分からない」ことの何よりの証拠でした。
公開された画像には、最接近直前のトリフネの姿のほか、TIR による表面温度の画像や、連続撮影をつなげたアニメーションも含まれています。1億km先で数秒のあいだにとらえた記録が、こうして地上に届いている ── それ自体が、静かにすごいことだと思います。
なぜ"ぶつからず、すれ違う"のが目的だったのか
では、なぜわざわざ「ぶつけずにすれ違う」ことがゴールなのでしょう。答えは、ねらった軌道を正確になぞる技術そのものを実証することにあります。高速で動く小天体に対して、望んだ距離・望んだ瞬間に機体を通せるということは、小惑星のすぐ近くで思いどおりに振る舞えるということ。JAXA は、この高精度な軌道誘導の経験が、将来のプラネタリーディフェンス(地球防衛)に役立つ、と位置づけています。
地球防衛というと大げさに聞こえますが、これは「万一、地球に近づく小惑星が見つかったとき、探査機を正確に送り込んで軌道を調べたり、変えたりできるようにしておく」ための地道な準備です。この考え方については、以前 2029年に地球をかすめる小惑星アポフィスの記事でも書きました。トリフネのフライバイは、その「正確に近づく」部分を実地で確かめた一歩だといえます。
次の目標は、超小型で高速自転する小惑星 1998 KY26
トリフネはゴールではなく、通過点でした。はやぶさ2がこれから目指すのは、1998 KY26という別の小惑星。レーダー観測では直径約30m・自転周期10.7分と見積もられてきた、非常に小さく、猛烈な速さで自転する天体です。さらに2024年に地球へ接近した際の観測では、直径が約11m、自転周期が約5分とも報告され、当初の推定よりもっと小さく、もっと速く回っている可能性が出てきました。いずれにせよ、探査機がこれまで訪れたどの天体よりも小さな相手です。
到達は2031年7月の予定。それまでの道のりで、はやぶさ2は2027年12月と2028年6月の2回、地球のそばを通る「スイングバイ」を行います。ここまでの行程を、ひとつの流れにまとめてみました。
ゲーム開発者として ── スイングバイと「重力で軌道を変える」
この「スイングバイ」という言葉に、私はいつも心を惹かれます。スイングバイとは、惑星の重力を借りて、燃料をほとんど使わずに探査機の進路と速さを変える技術のこと。エンジンで無理やり曲げるのではなく、天体の重力のそばを通り抜けることで、軌道をなめらかにねじ曲げていくのです。
じつは私たちが作っているブラウザゲーム「Gravity Weaver」も、根っこは同じ発想です。プレイヤーは画面に重力の場を描き、その引力で太陽のかけらの軌道を曲げてゴールへ導きます。直接押すのではなく、重力という間接的な力で進路を変える。スケールも仕組みもまるで違いますが、はやぶさ2のスイングバイのニュースを読んだとき、思わずゲームの画面を思い出しました。
まとめ ── ぶつけないための、すれ違い
パパ:だからね、"ぶつけずにすれ違う"のは、失敗じゃなくて大成功なんだ。ねらった場所を、ねらった瞬間に通る練習だったんだよ。
息子:すれ違いざまに写真も撮って、雪だるまだって分かったんだよね。
パパ:そう。しかも次は、数分で1回転するくらい小さくて速い岩をめざす。宇宙って、まだまだ知らないことだらけだね。
1億km先の小さな岩に、秒単位で狙いを定めてすれ違う。その一瞬に素顔を撮り、次の目標へと旅を続ける。派手な着陸や採取ではないけれど、「正確に近づく」という地味な技術こそ、いつか地球を守る力につながっていく ── そんなことを、親子で夜空を見上げながら話しました。
