先月のキャンプで望遠鏡デビューしたとき、ひとつだけ宿題を持ち帰りました。スマホでの撮影が、まったく成功しなかったのです。

そのとき記事にこう書きました。

ここは完全に、次回への宿題です。恒星より、まずは面積のある月を、しっかり固定して狙うのが現実的だと痛感しました。

— 初めての天体望遠鏡リゲル60、親子で使ってみた(2026-07-21)

7月29日が満月でした。ちょうどいい機会なので、自宅のベランダで宿題の答え合わせをしてみました。結果として撮影は成功し、そして倍率については見事に失敗しました。どちらも書いておきます。

まず、撮れた

結論から。望遠鏡ごしのスマホ撮影は、月なら普通に撮れます。

口径60mmの屈折望遠鏡にスマホを当てて撮影した満月。月面の海の模様と、下方のクレーターから放射状に伸びる白い光条がはっきり写っている
リゲル60(口径60mm・焦点距離700mm)+35倍のアイピースに、スマホを当てて撮影(コリメート法)。2026年7月29日の満月。(筆者撮影)

やり方は拍子抜けするほど単純で、アイピース(覗く側のレンズ)に、スマホのカメラをそのまま当てるだけです。これをコリメート撮影と呼びます。リゲル60には専用のスマホアダプタが付属していて、これで位置を固定できます。

比較のために、同じ夜にスマホ単体で撮った月も載せておきます。

スマホ単体で撮影した満月。小さく写っており、周囲に薄雲による光のにじみが広がっている
同じ夜、望遠鏡を使わずスマホだけで撮った月。薄雲がかかっていて、周囲に光のにじみが出ています。(筆者撮影)

スマホ単体でも「月だ」とは分かりますし、海の模様もうっすら見えます。ただ、望遠鏡を挟むと写る情報量がまるで違うのが分かってもらえると思います。

キャンプのときになぜ撮れなかったのか、答えははっきりしました。狙う相手が間違っていたのです。恒星は、どれだけ倍率を上げても点にしか見えません。面積がないので、スマホのオートフォーカスも露出も合わせようがない。対して月は視直径がおよそ0.5度もある「面」で、しかも桁違いに明るい。同じ機材でも、月なら初回で撮れます。

そして、倍率で失敗した

気をよくして、付属のもうひとつのアイピースに交換しました。117倍です。35倍の3倍以上。さぞよく見えるだろう、と思ったのですが。

まったく話になりませんでした。像は暗く、ぼんやりして、ゆらゆら揺れる。ピントを合わせようとしても、どこが合焦点なのか判然としない。しかも視野が狭いので、少し目を離すと月がどこかへ行ってしまう。

これは望遠鏡の故障でも、私の操作ミスでもありませんでした。そうなるのが当たり前の倍率だったのです。

実用最高倍率という壁

望遠鏡には実用最高倍率という目安があります。望遠鏡の選び方の記事でも触れましたが、ざっくり口径(mm) × 1.5〜2倍です。

さらに大事なのは、上限のほかに「いちばん見やすい適正倍率」が別にあることです。こちらは口径(mm) の 0.5〜1倍が目安です。

口径適正倍率(ふだん使い)実用最高倍率(上限)
50 mm25 〜 50 倍75 〜 100 倍
60 mm30 〜 60 倍90 〜 120 倍
80 mm40 〜 80 倍120 〜 160 倍
100 mm50 〜 100 倍150 〜 200 倍

リゲル60(口径60mm)の行を見てください。付属アイピースの35倍は適正倍率のど真ん中、そして117倍は上限120倍にほぼ張り付いています。

つまりこの望遠鏡には、「ふだん使いの1本」と「限界に挑む1本」が入っているわけです。私は後者を、いちばん条件の悪い夜に使おうとしていました。

ここが初心者のいちばん引っかかりやすいところだと思うので、はっきり書きます。「付属している倍率=いつでも使える倍率」ではありません。117倍は「条件がすべて揃った最良の夜に、ようやく実力を発揮する倍率」であって、ふだん使いの倍率ではないのです。

倍率を上げると何が起きるか。像が大きくなるのは確かですが、同時に集めた光を広い面積に引き伸ばすことになるので、その分だけ暗くなります。さらに厄介なのが次の話です。

揺らぎも、倍率ぶん拡大される

望遠鏡が見ているのは、厚さ数十kmの空気の層を通り抜けてきた光です。空気には温度差があり、たえず揺らいでいます。この揺らぎの度合いをシーイングと呼びます。

重要なのは、倍率を上げると、この揺らぎも同じだけ拡大されるということです。35倍では気づかない程度の揺れが、117倍では3倍以上に膨らんで、像がぐにゃぐにゃと踊ります。倍率を上げるほど、空気の悪さが牙を剥くわけです。

そして7月29日の夜は、条件がとくに悪い日でした。

天体の高さと、通過する空気の量 頭の真上にある天体の光は大気を最短距離で通り抜けるが、低い空にある天体の光は斜めに長い距離を通るため、より多くの空気を通過することになり、揺らぎの影響を強く受ける。 地面 大気の層 真上の天体 空気を最短で通る=揺れにくい 低い空の天体(夏の満月・さそり座) 斜めに長く通る=空気の量が増え、揺れやすい 短い 長い
同じ大気でも、低い空の天体ほど光が通る距離が長くなります(模式図・厚みの比率は正確ではありません)。夏の満月は空の低いところを通るため、この不利をまともに受けます。

夏の満月は、空の低いところを通ります。満月は太陽と反対側に来るので、太陽が高く昇る夏には、月は低くなる。さそり座が夏に低いのと同じ理屈です。低い天体の光は大気を斜めに長く通るので、揺らぎの影響を強く受けます。

つまりあの夜は、上限ぎりぎりの倍率で、条件の悪い低空の天体を狙ったわけです。見えなくて当然でした。

117倍は、何のためにあるのか

では付属の117倍は無駄なのか。そうではありません。使いどころが違うだけです。

対象向いている倍率ひとこと
月(全体)35倍前後視野に丸ごと収まる。いちばん気持ちがいい
月(クレーター)70倍前後〜半月の欠け際を狙う。満月では影が出ない
土星の環70 〜 150倍117倍はまさにこのため
恒星・星団低倍率倍率を上げても点。広く見るほうが楽しい

117倍が本領を発揮するのは土星です。環を見るには70〜150倍が必要で、これはリゲル60を買った動機そのものでした。「子どもに月と土星を見せたい」——その土星のための倍率だったわけです。

月で高倍率を使うなら、狙うべきは満月ではなく半月のころの欠け際です。横から光が当たって影が伸び、クレーターが立体的に浮かび上がります。この話は双眼鏡でクレーターを見る記事にも書きました。次の狙い目は8月6日の下弦、その次が8月20日の上弦です。

写真に写り込んだ、レンズの素性

もうひとつ、撮った写真を見返して気づいたことがあります。月の輪郭に沿って、青緑の縁取りが出ているのです。

これは色収差です。レンズは光の色(波長)ごとにわずかに違う位置へ像を結びます。リゲル60はアクロマートと呼ばれる2枚構成のレンズで、赤と青の焦点をおおむね揃えていますが、完全には消しきれません。満月のように極端に明るい対象では、その残りが縁の色として現れます。

加えて、低い空の天体では大気そのものがプリズムのように働いて色を分離させます。この夜の月は低かったので、両方が重なっていた可能性が高いと思います。

これは不良品ではなく、この価格帯の屈折望遠鏡では正常な特性です。むしろ「レンズがどういう仕組みで像を作っているか」が写真に写り込んだ、面白い記録だと考えています。色収差を嫌うなら反射望遠鏡やアポクロマートという選択肢がありますが、価格も重さも跳ね上がります。

宿題の答え合わせ

キャンプから持ち帰った宿題は、こういう答えでした。

撮れなかったのは腕のせいではなく、相手が悪かった。恒星は点で面積がなく、スマホには荷が重い。まずは月から。

倍率は高いほど良いわけではない。口径60mmなら実用上限は120倍前後。117倍は「最良の夜の土星用」であって、ふだん使いは35倍。

低い空の天体は不利。夏の満月も、さそり座も、大気を長く通るぶん揺らぐ。

買ってから1か月あまり。「よく見えなかった」経験のほうが、うまくいった夜より多くを教えてくれた気がします。倍率の目安は買う前に記事にも書いていたのに、実際に覗いてぼやけた像を見るまで、その意味は分かっていませんでした。

次は8月6日の下弦です。半月の欠け際を、今度は117倍で狙ってみます。そして秋の再キャンプでは土星を。Gravity Weaver の画面の中では、土星の環はいつでもくっきり描かれています。あれを自分の目で見たとき、息子がどんな顔をするのか、それが今いちばん楽しみです。