先日の千葉・勝浦でのキャンプで、ひとつだけ心残りがありました。さそり座を、とうとう見つけられなかったのです。

天の川が見えるほど暗い空でした。頭の上には夏の大三角がくっきり出ていて、流れ星まで見られた夜です。それなのに、南の空だけがどうにもならない。木立が視界をふさぎ、その手前には炊事場の明かり。「このへんのはずなんだけど」と言いながら、親子でしばらく粘って、あきらめました。

あとで調べて分かったのは、あれは運が悪かったのではなく、そもそも難しい相手だったということです。さそり座は夏の星座の代表格なのに、日本からは驚くほど低いところにしか出てきません。今回は、その「低さ」を数字で確かめてみます。

見つからないのには、理由がある

星が空のどのくらいの高さまで昇るかは、その星の赤緯(天球上の緯度のようなもの)と、見ている場所の緯度で決まります。南に寄った星ほど、日本からは低く見えます。

さそり座の主役、赤い一等星アンタレスの赤緯は −26度26分。かなり南寄りです。そして尾の先で光るシャウラにいたっては −37度06分。ここから、その星が南の空でいちばん高くなる瞬間(南中)の高度が計算できます。

南中高度 = 90度 − その土地の緯度 + 星の赤緯

東京(北緯35.7度)でアンタレスなら、90 − 35.7 − 26.4 = 約28度。

28度と言われてもピンと来ないと思うので、体感に直します。腕をまっすぐ前に伸ばして、握りこぶしを作ってください。そのこぶし1個分が、およそ10度です。つまり東京でのアンタレスは、地平線からこぶし3個ぶんに届かない高さにしかいません。

そして尾の先のシャウラは約17度。こぶし2個ぶんもないのです。この高さに何があるかというと、たいていは建物であり、電柱であり、そして――勝浦での我が家の場合は――木立でした。

東京から見たさそり座の低さ 南の地平線からの高度を示した図。頭上の天頂が90度、こぶし1個分が約10度。アンタレスは約28度、尾の先のシャウラは約17度で、いずれも低い位置にとどまる。比較として夏の大三角のベガは約80度と、ほぼ頭の真上に来る。 南の地平線 90°(真上) 0° 20° 40° 60° 80° ベガ(夏の大三角)約80° ほぼ頭の真上。見上げれば見つかる アンタレス 約28° こぶし3個分に届かない シャウラ(尾の先)約17° こぶし2個分もない。木や建物の高さ 木立・建物
東京から見たときの高さの比較(模式図・大気差は考慮していません)。同じ夏の星でも、頭上のベガと南の低いさそり座では探しやすさがまるで違います。

住んでいる場所で、難易度が変わる

この計算式には土地の緯度が入るので、南へ行くほどさそり座は見やすくなります。主な都市で計算するとこうなりました。

都市北緯アンタレスシャウラ(尾の先)
札幌43.1°約 20.5°約 9.8°
仙台38.3°約 25.3°約 14.6°
東京35.7°約 27.9°約 17.2°
大阪34.7°約 28.9°約 18.2°
福岡33.6°約 30.0°約 19.3°
鹿児島31.6°約 32.0°約 21.3°
那覇26.2°約 37.4°約 26.7°

札幌では尾の先が約10度――こぶし1個分です。ここまで低いと、少し先に林があるだけで消えてしまいます。一方の那覇なら尾の先でも27度あり、東京のアンタレスより高い位置にいます。沖縄でさそり座を見ると「こんなに堂々としていたのか」と驚く、というのはこういうことです。

さらに北へ行くと、そもそも全部は見えません。日本語版ウィキペディアによれば、北緯44度より北の地域では、さそり座の全体を見ることができないとされています。稚内あたりが、ちょうどその境目です。

だから、場所選びがすべてです。さそり座に関しては「暗い空」より先に「南が開けているか」を確認してください。南向きの海岸、川の土手、開けた駐車場。逆に、南に山や林があるキャンプ場は――我が家のように――どれだけ空が暗くても勝てません。

赤い心臓、アンタレス

苦労して見つける価値はあります。アンタレスは、夜空でもひときわ目を引く赤い星だからです。

名前の由来がふるっています。ギリシャ語の ἄντι-Ἀρης(アンチ・アレス)、つまり「火星(アレス)に拮抗する星」。赤く輝くようすが火星とよく似ていて、古代の人が並べて語ったわけです。プトレマイオスも「火星に似た」と書き残しています。日本にも「アカボシ(赤星)」という和名があり、洋の東西で同じところに目をつけていたのが面白いところです。

ラテン語名は Cor Scorpii、「さそりの心臓」。実際、星座の形をなぞると、アンタレスはちょうどサソリの胸のあたりに位置します。赤い心臓が脈打っている、という見立てです。

正体は赤色超巨星で、表面温度はおよそ3,700 K(ケルビン)。太陽の表面が約 5,800 K ですから、2,000 度以上も低いことになります。恒星は温度が低いほど赤く見えるので、アンタレスのあの色は「冷たい星」であることの証拠です。星の色と種類で書いた法則の、いちばん分かりやすい実例だと思います。

大きさについては、面白い経緯があります。かつては直径が太陽の約230倍と考えられていましたが、干渉計による実測で見直され、いまは半径が太陽の約680倍とされています(日本語版ウィキペディア)。3倍近く変わったわけです。遠くの星の「大きさ」は直接測れるものではなく、観測技術が進むと数字が動く。天文の数値を読むときに覚えておきたい例だと思います。

ちなみに距離は約550光年。ただしこれも、赤色超巨星は表面が揺らいでいて年周視差の測定誤差が大きく、幅を持って見るべき数字です。

S字か、釣り針か

さそり座のいいところは、形が本当にそれらしく見えることです。

星座の多くは「言われてもそう見えない」ものですが、さそり座は違います。アンタレスから南へ、明るい星がゆるやかなS字を描いて連なり、先端でくいっと跳ね上がる。あの跳ね上がりが毒針で、そこに光るのがシャウラです。星座の線は誰が決めたのかという話を以前書きましたが、さそり座は誰が結んでも同じ形になる、数少ない星座のひとつだと思います。

もっとも、サソリに見えるかどうかは文化次第です。ポリネシアではこの並びを釣り針に見立てました。日本にも「釣り針」や「籠担ぎ」といった和名が残っています。サソリのいない土地では、あの曲がった形は針であり、天秤棒だったわけです。

お子さんと見るときは、先に「サソリだよ」と教えないほうが面白いかもしれません。何に見えるか聞いてみてください。

オリオンを、追いかけ続けている

さそり座には、有名な神話がついています。

狩人オリオンは、その腕を誇って神の怒りを買い、送り込まれたサソリに刺されて命を落としたとされます。そして空に上げられたあとも、オリオンはサソリを恐れ続けている――というのが、この話の続きです。

面白いのは、これが実際の空でそのとおりに起きていることです。さそり座が東から昇ってくるころ、オリオン座は西の空へ沈んでいきます。逆にオリオン座が昇る冬には、さそり座は姿を消しています。二つの星座は、決して空で顔を合わせません。

もちろん天文学的には、二つの星座が天球上でほぼ反対側にあるというだけの話です。でも、その配置に気づいた古代の人が「逃げているのだ」と物語をつけた、その発想のほうに感心してしまいます。夏にサソリを見上げながら「いまごろオリオンは地平線の下だ」と思うと、季節が巡ることの実感が少し変わります。

いつ見るか ── 実はいまが旬

さそり座が南の空でいちばん高くなるのは、7月下旬の20時ごろです。つまりまさにいまが見ごろ。夏休みと重なるのも都合がいい。

探し方の手順はこうです。

手順やること
① 場所南が開けた場所を選ぶ。これが最重要。暗さより優先
② 時刻20時〜22時ごろ。南中前後がいちばん高い
③ 目印南の低い空でひとつだけ赤い星を探す。それがアンタレス
④ 形そこから下へ、S字をたどって尾の跳ね上がりまで
⑤ 目を慣らすスマホを見ずに15分。低い星は光害に弱い

南の低空は、街の明かりがいちばん溜まる場所でもあります。都会で星を見るのが難しい相手ですが、逆にアンタレスは一等星なので、条件がそろえば街中でも見えます。星座早見盤で位置を予習しておくと、現地で迷いません。星の並びや神話の詳細は、星座図鑑のさそり座のページにもまとめてあります。

そして、天の川と一緒に見るのが最高の贅沢です。さそり座は天の川のいちばん濃い部分をまたいでいます。暗い空でアンタレスの周りを見ると、背景がざらついて見える――あれが銀河の中心方向です。

次は、南が開けた場所で

調べれば調べるほど、勝浦で見つけられなかったのは順当な結果でした。南に木立、その手前に炊事場の明かり。相手はこぶし2〜3個分の高さにしかいない。あれは、負けるべくして負けた勝負です。

秋にもう一度キャンプに行く予定があります。今度は南が開けているかどうかを先に確認してから場所を決めるつもりです。もっとも、その頃にはさそり座は西に傾いて、代わりにオリオンが東から昇ってくる時期になります。逃げられてしまうかもしれません。

私たちが作っている Gravity Weaver にも、さそり座はステージとして登場します。画面の中では好きな角度から眺められて、木立にも街の明かりにも邪魔されません。けれど、あの夜に見つけられなかった悔しさのほうが、たぶん記憶に残ります。見えなかったという体験も、星空の一部なのだと思います。