今朝、息子になぞなぞを出してみました。「星は星でも、夜に見えない星は?」。答えは即答でした。「月!」

惜しい。たしかに月は、新月のころは夜に見えないし、昼間に白く浮かんでいることもあります。「月もたまにそうだね。でも、もっとよく見える星があるよ」。まだ保育園の娘が「うーん」と考え込んでいると、息子が横からヒントを出しました。「ほらほら、夏に暑いやつだよー」。そして待ちきれずに自分で言ってしまいました。「わかった、太陽だよね!」

太陽が星だということは、もう知っていたわけです。ただ、そのヒントが気になりました。息子にとって太陽は「夏に暑いやつ」で、夜の星は「光る点」。同じ星の仲間だと知ってはいても、頭の中の印象はまるで別物です。夜の星は点で、白くて、じっとしている。太陽は丸くて、黄色くて、直視できないほどまぶしい。太陽が星なら、なぜ太陽だけこんなに違って見えるのか。知っているのと説明できるのは別で、私もその場でうまく言えませんでした。そこで、順番に整理してみました。

答えから。太陽は、正真正銘の「恒星」

太陽は、自分で光っている星=恒星です。中心で水素を燃料に核融合を起こして光と熱を出している点で、夜空に見えるベガやシリウスと同じ仲間。分類でいえば「G2V」、色でいうと黄色の、主系列星と呼ばれる働き盛りの恒星です(恒星の種類については星の種類の記事にまとめています)。生まれたのは約46億年前で、寿命は約100億年。まだ折り返し地点あたりで、あと50億年ほどは今と同じように輝き続けると考えられています。

ここで見方をひっくり返すと、話が急に面白くなります。太陽が恒星だということは、夜空に見える星のひとつひとつが、どこか遠くの「太陽」だということです。ベガもシリウスも、近くまで行けば太陽のように丸くて、まぶしくて、直視できない。あの点はぜんぶ、遠くの昼間なのです。

じゃあ、なぜ太陽だけ丸くてまぶしいのか

夜の星は点で、太陽は丸い。この違いを生んでいるのは、星そのものではなく距離です。

太陽までは約1億5,000万km。光の速さで8分19秒です。一方、太陽の次に近い恒星プロキシマ・ケンタウリまでは4.25光年。光でも4年と3か月かかります(1光年が何キロかの話)。8分と4年。隣の恒星は、太陽の約27万倍遠くにあります。太陽が丸く見えるのは特別に大きいからではなく、比べものにならないほど近いからです。

ついでに、太陽と月がほぼ同じ大きさに見えるのも距離のいたずらです。太陽の直径は月の約400倍。そして太陽までの距離も月の約400倍。この偶然が重なって、空では同じくらいの丸に見えています。

子どもに話すなら ── 夜の星は、遠くにある太陽。太陽は、すぐそばにある星。同じ仲間なのに違って見えるのは、遠いか近いかの違いだけ

太陽を、隣の星の場所に置いてみる

では逆に、太陽をどんどん遠ざけたら、何等星に見えるでしょうか。星の明るさは距離の2乗で暗くなるので、計算できます。

太陽を遠ざけると何等星に見えるか 太陽を地球の位置、冥王星の位置、隣の恒星の位置、100光年の位置から見たときの明るさを、円の大きさと等級で示した模式図 地球から 光で8分 −26.7等 冥王星から 光で5時間半 −18.8等 隣の恒星の位置から 光で4年3か月 0.4等(プロキオン級) 100光年先から 光で100年 7.3等(肉眼では見えない) 同じ太陽を、どんどん遠くから見る
太陽の明るさを、見る場所を変えて等級で並べたもの。等級は数字が小さいほど明るく、1等ちがうと約2.5倍。円の大きさは目安で、実際の見かけの比ではありません。
どこから見るか光で見かけの明るさどう見えるか
地球8分19秒−26.7等昼をつくる。満月(−12.7等)の約40万倍
冥王星5時間半−18.8等もう「点」。それでも満月の数百倍まぶしい
隣の恒星の位置(4.25光年)4年3か月0.4等冬の大三角のプロキオンと同じくらい。明るい星だが、いちばん明るい部類ではない
33光年(10パーセク)33年4.8等暗い空なら見える。都会の空(2〜3等まで)では消える
100光年100年7.3等肉眼の限界(6等)を超えて、見えない

隣の恒星の距離に置いた太陽は、0.4等星。冬の大三角の一角、プロキオンと同じくらいの明るさです。「明るい星」ではあるけれど、シリウスやベガのように夜空で一番目立つ部類ではない。そして100光年離れると、太陽は肉眼で見えない星になります。夜空には肉眼で見えない星が無数にありますが、太陽がその中に混じっても、誰も気づかないわけです。

裏を返せば、どこか遠くの星のそばに誰かが住んでいたら、その誰かにとって私たちの太陽はただの点です。夜空のどの点も、その星のそばの誰かにとっては昼をつくる太陽。同じものを、近くから見るか遠くから見るかの違いしかありません。

太陽は「ふつうの星」なのか

太陽は「黄色矮星」という、あまりぱっとしない名前で分類されています。銀河系にある数千億の恒星のひとつで、特別な星ではない、とよく言われます。

ただ、数字を見ると少し印象が変わります。星の種類の記事で書いたように、銀河系の恒星の4分の3は太陽より小さく暗い赤色矮星です。そのため太陽は、銀河系の恒星の約85%より明るいと推定されています。夜空で目立つシリウスやリゲルのような星は、数で言えば少数派の「エリート」。太陽は上位15%に入る、ちゃんと立派な恒星です。

大きさも見ておきます。直径は約140万kmで地球の約100倍。木星と比べても約10倍あります。質量は太陽系全体の99.8%を占めていて、残りの0.2%に8つの惑星と月と小惑星がぜんぶ入っています。太陽系は「太陽と、そのほか少々」なのです。

ふつう、だけど上位 ── 夜空の目立つ星と比べれば地味。でも銀河系全体で見れば、太陽より暗い星のほうがずっと多い。クラスでは目立たないけれど、学年全体では上位、というポジションです

昼間、ほかの星はどこへ行った?

なぞなぞを裏返すと、もうひとつ疑問が出てきます。夜に見えない星が太陽なら、昼に見えない星たちはどこへ行ったのか。消えているわけではありません。昼も夜も、星は同じ場所で光っています。見えないのは、太陽の光が空気にぶつかって空じゅうに散らばり、空そのものが光っているからです。青空はいわば、太陽に照らされた空気のかたまり。その明るさに、遠い星の弱い光が埋もれてしまいます。

証拠は月にあります。月には空気がないので、昼でも空は真っ黒です。太陽が出ていても、空が光らないからです。地球で満月の夜に星が減るのと同じ理屈で(満月の夜、星はどこへ消えた)、昼は太陽という桁違いに強い光源が、空気を介して空全体を明るくしている。星を隠しているのは太陽ではなく、太陽に照らされた空気なのです。

ひとつだけ、必ず守ること

太陽を直接見ない。望遠鏡や双眼鏡は絶対に太陽に向けない。

国立天文台は、肉眼で直接見るのは「数秒でも危険」、望遠鏡や双眼鏡は光と熱を集めるので「肉眼で太陽を見る以上に危険」で、最悪の場合は失明する危険があると注意しています。日食のときに限らず、いつもの太陽でも同じです。

「太陽も星なんだ」とわかると、子どもは望遠鏡を向けてみたくなります。わが家の望遠鏡も、昼間は必ずキャップをして、太陽の方向に置かないようにしています。太陽を見たいときは、日食グラスなど専用の道具を使う日食のときだけ、と決めています。

まとめ

• 太陽は正真正銘の恒星。夜空の星は、遠くの太陽

• 丸くてまぶしいのは近いから。光で8分の太陽と、光で4年の隣の恒星

• 隣の恒星の位置に置くと0.4等星(プロキオン級)。100光年離れると肉眼で見えない

• 「ふつうの星」だが、銀河系の恒星の約85%より明るい

• 昼に星が見えないのは、太陽に照らされた空気が光っているから。月では昼も空は黒い

• 太陽を直接見ない。望遠鏡・双眼鏡を向けない

少し前に日本語の「星」と英語の star は同じじゃないという話を書いたとき、息子が最後に「じゃあ、太陽も星?」と聞いてきて、答えを先送りにしていました。今回のなぞなぞで、答えは本人の口から出ました。日本語の「星」は月も惑星も含む大家族で、息子が最初に「月!」と答えたのはこの語感のとおりです。その大家族の中で太陽は、いちばん近くにいる恒星。近すぎて、星に見えないだけです。

今夜、星が出ていたら、ひとつ選んで思い出してみてください。あの点も、近くに行けば昼をつくる太陽です。そして明日の朝、まぶしくて見られないあの丸いものが、夜の点と同じ仲間だということも。